​いつか帰るところ

 



身体だけが人を人であると証明できるものなのだろうか。


ある日、見舞いもお別れもできなかった人の訃報が届いた。

死んだという実感よりも

形を失いここにはいられなくなったと感じた。


肉体として存在してたエネルギーが突然身体を失った時に、

エネルギーの行先と、残された人にとって見えていた人の形を探した。


どんなに大切な存在でも、その姿だけで鮮明に覚え続けることはできない。

誰かのことを思い出すときに、景色やその人のそばにある物を辿ることでその存在を感じる瞬間があった。


身体よりもその人の側にあるものや景色の方がその存在を証明していて

物や景色は身体を失ったエネルギーの新たな身体と居場所であり、

遺された人に見えていた人の形だと思った。


わたしもいつかこの身体を失い、帰るところがあるのなら

そこには私を証明していたものたちがいるのだろうか。


人はこの身体以外にも様々な事象や生物/物質と共存するからこそ、人だと証明できるのかもしれない。


 

nobody
 

​photo: コムラマイ