”イメージのありか”


イメージは姿を変え続け、固定されることなく不確定であり動き続ける存在


人は「何か」をそのためだけに見続けることはできない。

固定された形ではなく、流動したものを見ているのであれば

”イメージ”自体が知覚としての機能なのではないか。


ある日、手の形をした作品を抱えている夢をみた。

鮮明に覚えていたはずなのに現実世界で形にしてもそれが夢の中で見た手の形だとは思えなかった。

現実世界で同じものを存在させるには形以外の何かが必要だと感じた。


流動性のある素材を使って何度も作り直される手は

不確定で動き続ける存在そのものだった

焼いて固めてできた形は、夢で見たものと違う形だが

なぜかわたしはそれが夢で見た形のように思えた。


その手は船のような形をしていて、

何かを包もうとしている。

なぜかもういない存在を感じて、その子がそこにいるような気がした。